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第13話 お嬢様が見た判事の背中

last update Last Updated: 2025-12-16 18:25:10

 花霞地方裁判所桜都支部・執務室。

 机の上には訴訟記録の山。

 横には空になったプリンカップと缶コーヒーが転がっている。

 法子は朝から独り言をこぼし、書類をめくっては閉じ、ペンを落としてはため息をつく。

「……どっちに寄っても、誰かが泣く」

 ぼそりと漏れた声に、菊乃は息を呑む。

 いつも軽口ばかりの法子が、珍しく背中を丸めていた。

「判事……お加減が悪いのであれば、少しお休みを」

「いや、大丈夫。おキクさん。ただ……条文と違って、人の最期はその行間からこぼれ落ちるんだよね」

 菊乃は迷った末、机上の空き缶をそっと片付ける。

「契約の拘束力は重んじるべき。ですが……本人の“もう十分”という意思を無視するのは、わたくしも違うと感じます」

 法子はまだ開けてないプリンカップを指先で弾いた。

「プリンだって揺れても芯は残る。判決も、そうあるべきなんだ」

 菊乃は返す言葉を失い、ただ横顔を見つめる。

(この方は……立ち止まって崩れるのではない。迷いながらも進んでおられるのですわ)

 ――朝の光が差し込む廊下。

 法子は黒法服を腕にかけ、窓ガラスに映る自分をじっと見ていた。

 張りのない隈の浮いた顔で、口角を上げてつぶやく。

「おキクさん、どう? 今日の顔、五割増しくらいで“冷徹裁判官”に見えるでしょ?」

「……とても、そうは見えませんわ」

「だよねぇ〜。疲れてるのバレバレか」

 無理に明るく振る舞う姿に、菊乃は小さく眉を寄せた。

「判事……少し、屋上へ参りましょう。風に当たって、一服されては?」

 法子は目を瞬かせ、笑いを含んだ吐息をもらした。

「ふふっ。おキクさんが誘うなんて、珍しいね」

 ――朝の風が冷たい屋上。

 法子は黒法服を脇に置き、ポケットからハイライトを取り出す。

「屋上で吸う一本は格別なんだよ」

 火をつけ、一口。白い煙が流れていく。

 菊乃もマルボロ・メンソール・ライトに火をつける。

「誘ったわたくしが言うのも妙ですが、連日連夜の徹夜、多量の喫煙、不規則な食事……お体を壊されては困りますわ――けれど、本日は特別に見逃して差し上げます」

 菊乃の声は、いつもより少しだけ柔らかかった。

「ありがと。じゃあ、この一本で気持ちを切り替えるよ」

 煙を吐き、目を細める法子の横顔には、人の尊厳に踏み込む覚悟が滲んでいた。

(この方は……どんな迷いを抱えても、前を
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